なにとはなく

日々の点描や、映画の感想などを・・・

GRAVITYとゼログラビティ

女性宇宙飛行士がスペースシャトルでの事故から地球へ帰還するまでを描いた、アルフォンソ・キュアロン監督のゼログラビティ。

f:id:bttf1981:20140426000951j:plain


僕の映画の好みを完全にどストライクで捉えた名作だった。一点を除いては、、、ちなみに、一点というのは映画の邦題が酷すぎる、というものなので映画としては完璧と呼べる物だった。

邦題が酷すぎる理由については後述するとして、映画のストーリーとしては、、、以下Amazonより

地表から60 万メートル上空。すべてが完璧な世界。そこで、誰もが予測しなかった突発事故が発生。スペース・シャトルは大破し、船外でミッション遂行中のメディカル・エンジニアのライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック)と、ベテラン宇宙飛行士マット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)は、宇宙の無重力空間=ゼロ・グラビティに突如放り出されてしまう。漆黒の闇で二人をつなぐのは、たった一本のロープのみ。他の乗組員は全員死亡。NASA との交信も断たれ、残った酸素はあとわずか。次々と襲いかかる危機を突破し、果たして地球に無事生還することができるのか…!?

f:id:bttf1981:20130613170831j:plain



以降はネタバレ全開です。

 

「地球に無事生還することができるのか…!?」と煽り文句があるが、まぁ…ストーン博士は無事生還する。途中様々な苦労に直面はするが、映画のストーリーとしてはただそれだけの話で、上映時間も91分と短い。

そんなサッパリとしたこの何が良かったのか?
それは以下の2点だと思う。
・無重力空間の圧倒的なリアリティ
・全編を通じて描かれる、サンドラ・ブロック演じるストーン博士の再誕


リアリティについては、CMなどでも散々歌われていたので説明するまでもないが、ここまで徹底して宇宙空間を描いた映画というのは、中々無いのではないか。映像は全編ほぼCGを用いて描かれており、メイキングを見て初めて気付いたが、主に宇宙空間での描写の中で実写と呼べる物は俳優の顔のみで、宇宙船や様々な機材はもちろんのこと宇宙服やヘルメットまでもCGで描かれているそうだ。
しかし鑑賞中には、全くそのようなことは気にならない。むしろCGによって描かれる作り物の宇宙空間が、正に宇宙空間の持つ無機質なイメージと合致していて、美しさを昇華させられているように感じた。
冒頭のスペースシャトルの事故シーンで、ストーン博士が広大な星の大海原へ投げ出された時の絶望感には圧倒された。

f:id:bttf1981:20140426001106j:plain



また、音も一風変わっている。
映画から聞こえてくる音は、俳優のセリフや息使いと、宇宙には空気が無いため物体を通じて聞こえてくるゴツゴツとした効果音のみ。
BGMも音楽と呼べるものはほとんど無く、ブォーンとかギヤーンなど不気味な不協和音が多い。

そして、この映画のリアリティを際立たせているのは、やはりアルフォンソ・キュアロン監督の長回しのように思う。冒頭のスペースシャトルの事故シーンは、映画の始まりから事故の収束まで10分程度の1ショットで収められており、息つく間も無く宇宙空間へ引きずり込まれる感覚を覚える。
監督の前作「トゥモロー・ワールド」でも長回しが多く用いられており、乗用車が暴徒に襲われるシーンは凄かった。
正直な所、僕はこれまで映画の長回しはどちらかと言えば、映画監督の自己満足の様に思っていたが、ゼログラビティを見て考えを改めることにした。

ちなみに、圧倒的な映像美で宇宙空間のリアリティを表現しているが、以前本作のリアリティについて触れたネットの記事を見た記憶がある。
曰く、確かにリアリティはあるが、本物の宇宙飛行士から見ればご都合主義とも思えるシーンがいくつかあるらしい。

f:id:bttf1981:20140426001125j:plain



このシーンは、ストーン博士がスペースシャトルから国際宇宙ステーション(ISS)へたどり着いた直後、宇宙服を脱ぎ捨てつかの間の休息を得た瞬間だ。
確かに、こんなラフな格好の上にいきなり宇宙服を着ることは無いだろうし、実際に船外活動をする際にはオムツを着用しているらしい。
しかし、そんなことはどうでも良い。
映画におけるリアリティとは「現実感」であって、「現実」では無い。宇宙服を脱いだサンドラ・ブロックがオムツを履いていたとして、いったい誰が得をするというのか?リアリティとは難しいもので、「現実」すぎると映画ではなくなるし、過剰なリアリティは逆に「現実」を遠ざけ偽物になる。
そこのさじ加減が絶妙にあった時、本作の様なリアリティが生まれるのだろう。


話が脱線してしまったが、本作の良かった2つ目の要素、ストーン博士の再誕だ。
以前何かの映画の感想でも書いたような気がするが、僕は2時間前後という短い映画のストーリーの中で、主人公が生まれ変わったり、成長するストーリーが好きだ。
本作では、スペースシャトルでの事故によって、一人宇宙へ投げ出されたストーン博士が地球へ帰るまでの道のりが、ストーン博士の心の生まれ変わりの道のりとして描かれる。そしてそれは宇宙の無重力から、地球の重力への帰還でもある。
ちなみに先ほどの胎児のようなポーズの写真は、これから生まれ変わるライアン・ストーン博士の新たな誕生を意味する隠喩のシーンである。

彼女は地球で孤独を感じていた。娘を事故で亡くし、ただ仕事をするだけの場となった地球。「洗濯機に入れられたチワワのようだ」と宇宙船での生活を例えてはいるが、美しい地球を宇宙から眺めながら、空気も音も重力も無い無機質な宇宙空間で心地良さも感じていた。
そんなストーン博士が事故により、空気も音も重力も無い無機質な、そしてある意味無慈悲な宇宙空間へ一人投げ出される。そして、何とかたどり着いたISSの宇宙船「ソユーズ」の燃料切れで、彼女は希望を失い死を受け入れる。

そんな彼女の心を呼び戻したのは、アニンガとジョージ・クルーニー演じるマット飛行士だ。
スペースデブリ(宇宙ゴミ)の影響でNASAとの通信が途絶えている中、偶然アニンガと名乗る何処の誰とも分からない男性と無線が通じる。言葉は通じない。しかし男の後ろからは犬の鳴き声や、赤ちゃんの泣き声が聞こえ、ストーン博士はこの声に宇宙での孤独と地球への郷愁を感じたのかもしれない。
そして、アニンガの歌声の中、夢の中で死んだはずのマット飛行士と再会する。
マット飛行士は、事故当初は共に一命を取り留めたが、ISSへの接近の際に自らの命と引き換えにストーン博士を助けてくれた人物である。夢の中でマット飛行士は楽しそうに語りかける。「こんな状況がなんだ。手段はある。諦めるな。旅を楽しめ。地球に帰るんだ」

f:id:bttf1981:20140426001201j:plain


トーン博士は生きることを選択する。生きて地球の重力の上に立つことを決意する。

着陸用燃料を使って、ソユーズから中国の宇宙船「神舟」へ乗り継ぎ、大気圏へ突入する際、NASAへの一方通信をするストーン博士の言葉には希望が満ちていた。
「10分後に燃え尽きるか、無事着陸するか分からない。どっちに転んでも誰のせいでもない。結果がどうなろうとこれは最高の旅よ!」

無事地球へたどり着いたストーン博士は大地を踏みしめる。
トーン博士は居心地は良いが無である宇宙から、辛いことや悲しいことがあろうと生ける地球へ帰還し、それらを受け入れ生きていくのである。
原題のGRAVITYというタイトルは、そのことを言っているのであろう。


なのにである・・・日本でのタイトルは「ゼログラビティ(無重力)」。
完全に意味が逆転してしまっている。確かにほとんどが無重力空間が舞台なので、タイトルをゼログラビティにした方が分かりやすいのだろうが、タイトルにも意味を込めている映画の場合は、その雰囲気を損なわない様な邦題にしてもらいたい。真逆の単語をタイトルに付けるなど言語道断だ。
(監督の前作「トゥモロー・ワールド」も邦題が酷いと思う。原題はChildren of Men(人類の子供たち)。いったいどこから「トゥモロー・ワールド」などというふざけたタイトルが生まれてくるのか、不思議で仕様がない)


尚、本作は3Dと2Dの両方を視聴したが、3D視聴をお勧めしたい。3Dの方がよりリアリティが増し、不思議と映像も綺麗に見えた。 

 

ゼロ・グラビティ 3D & 2D ブルーレイセット(初回限定生産)2枚組 [Blu-ray]

ゼロ・グラビティ 3D & 2D ブルーレイセット(初回限定生産)2枚組 [Blu-ray]

 

 

 

トゥモロー・ワールド プレミアム・エディション [DVD]

トゥモロー・ワールド プレミアム・エディション [DVD]